おなかがすいたら登れない(旧)

ネコは空飛び、犬は登る

古文書による「錦ヶ浦」研究。なぜ「スカイ・ダイバー」は消えたのか?

前々回、前回に続き、北川「錦ヶ浦」について考察する。

今回も、ルート内容に関する記載があるので、「錦ヶ浦」にオンサイトトライを目指している方は、以下を読まないようにお願いします。

●いきなり余談だが

その前に、いきなり余談だが、先日発売されたばかりの、『瑞牆クライミングガイド』を購入した。
これが素晴らしい内容であった。まず、トポ自体がよい。図はカラーで見やすいし、ほぼすべてのルートに、登攀に必要なコメントが付けられている。
また、トポ以外の、読み物記事、――岩場の開拓の歴史であるとか、代表的なルートの解説、それに開拓に携わったクライマーたちの横顔など――も、とても読ませるものである。上下巻を買うと7000円を超える値段なので躊躇したが、買ってよかった。問題があるとすれば、クラックをやったことのない自分が、果たして瑞牆に行くのか、ということだけだ。

『瑞牆クライミングガイド』は、今後発行されるすべてのトポが参照すべきベンチマークとなるであろう。
商業出版社が発行している本ではないので、最初に刷った部数が売れ切れてしまうと、入手困難となる可能性も少なくない(『伊豆・城山 フリークライミング ガイド 400』や『湯河原幕岩ボルダリングトポ』のように)。
少しでも関心のある方は、早めに入手されることをおすすめする。

●何度でも言うが、なんのための「CLIMBMNG-net」?

閑話休題。
『日本100岩場』の北川のページ、「錦ヶ浦」のコメントには、「オリジナルは11に抜ける。」とある。11とは、北落師門の最終部分だ。
『100岩場』は、情報のほとんどが『岩と雪』誌上で連載されていた「日本100岩場」という記事、あるいはその他のローカルのトポを元にしており、著者が実際に登って、書き下ろしているわけではない。
その上、ページの関係上か、もとの情報を勝手に省いていしまっているところが多いといわれる。そのため、間違いや、わかりにくいところが多いという欠陥がある。
この「錦ヶ浦」の記述も、「オリジナルは11(北落師門)に抜ける。」とだけ書かれても、はっきり言って意味不明である。今のラインは、「オリジナル」ではないなら、なんなのか? オリジナルのラインで登ってはだめなのか、いつ、どうして変わったのか、など、当然出てくる疑問に、なにも触れられていない。万事この調子で、『100岩場』には“手抜き”感がプンプンする。

ただ、紙の本には、物理的な制約がある、という事情は理解できる。ページを増やせば定価も上がるだろう。
だが、それだからこそ、同じ発行元が「CLIMBING-net」というWeb媒体を作ったのではないのか? 紙の本では書き切れなかった詳細な情報をフォローしてこそ、Web媒体の価値があるはず。
ところが、現状ではほとんど紙の本のコピペのような情報しか掲載されておらず、更新もほぼ行われず、Webである意味がない。何年も前の古い情報を平気で乗せたままにしておいて、Webサイトの存在価値がどこにあるのか?
とってつけたような、ほとんど役に立たない検索機能(トイレの有無で岩場を検索するクライマーがいるのか?)などよりも、岩場情報、ルート情報の充実化を図るべきだろう。
それがわからないなら、コンテンツ業者として阿呆だし、わかっていてやらないなら、手抜きである。
『100岩場』および「CLIMBING-net」の編集関係者は、『瑞牆クライミングガイド』の爪の垢を煎じて飲むがよい。

●1989年の『クライミングジャーナル』40号における北川の岩場

いや、今度こそ閑話休題。
先日、ヤフオクで『岩と雪』『クライミングジャーナル』がまとめて出品されており、あわせて50冊ほどまとめて購入した。2万円以上も散財してしまったが、かなり面白い。
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その中に、北川について触れた2冊があり、以前の北川の様子をうかがうことができる。

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古い方は、『クライミングジャーナル』(第40号、1989年3月発行、白山書房)。私がまだ大学生だった時代で、バブル経済のピークだった頃だが、誌面からはバブリーな感じはまったくしない。

「奥多摩・奥武蔵の岩場」特集の一部で、北川の岩場が採り上げられている(60ページ)。
ルート図とコメントを見てみよう。(画像はクリックで拡大します)

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(『クライミングジャーナル』40号より引用)

上部では、「錦ヶ浦」と「北落師門」が共通になっていることは間違いない。ただ、そのライン取りは、現在の「北落師門」よりも、「錦ヶ浦」のあたりを登っているような?

(ちなみに、この右ページには、「北落師門を登る高橋建雄」という写真が載っているが、そのラインはどう見ても「グリーンオニオン」になっている?? これはたぶん、写真を間違えたのではないだろうか)
ルートは12本だけで、「ミンボー」も「UV」も「茶摘み唄」ない。その代わり、秋葉大権現が2本ある。


●1994年の『岩と雪』167号における北川の岩場

この1989年から5年後、『岩と雪』167号(1994年12月)では、『100岩場』の元となる「日本100岩場」の連載で、北川が採り上げられた。この時は、ルートが25本に増えている。(現在の『100岩場』では18本が掲載されている。)

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(『岩と雪』167号より引用)

「錦ヶ浦」(19)については、「上部はスリングの下がったハングをダイレクトに越え、北落師門に合流」と書いてあるのだが、この「上部はスリングの下がったハング」とあるのは、18と19が別れる下の、「ヒロシ君」と別れてすぐの中間ハングのことだろう(長細い丸がスリングのマークだと思われる)。
ここで「ダイレクトに越える」ということは、右の、「ヒロシ君」の棚のホールドを使ってはもちろんNGだが、左の「北落師門」のガバを使うのも、ダメということだろうか?あのガバを(手でも足でも)使えないという限定にすると、この中間ハングのあたりもけっこう厳しいかもしれない。
とにかくそこを超えたら、北落師門と合流し、リップを越えるときは、北落師門ルートで越えるのが「錦ヶ浦」だ。

そして、ここで興味深いのが、三角ハングの頂点をまっすぐに越える「スカイ・ダイバー」(18)というルートだ。中間ハングを越えた後、「北落師門」に合流するのが「錦ヶ浦」で、「北落師門」に合流せず、「最上部のハングの先端をまっすぐに越える」のが「スカイ・ダイバー」ということになっている。

先日来、「錦ヶ浦」では、なるべく三角ハングの頂点を越えるライン取りで、という話を書いているのだが、このルート図を見る限り、そのライン取りは、まったく「スカイ・ダイバー」(12c)そのものではないか。

●消えた「スカイ・ダイバー」と、「錦ヶ浦」ルート変更の謎

つまり、1994年の段階では、現在の『100岩場』で「錦ヶ浦」として記載されているルートは、「スカイ・ダイバー」という別(派生)ルートであり、錦ヶ浦はそれとは別ラインとして存在していた、ということになる。
だが、その後、2000年に発行された『100岩場』では、「スカイ・ダイバー」というルート名が消ている。そして、もともとは「北落師門」と合流していたはずの「錦ヶ浦」が、「スカイ・ダイバー」のラインを登ることとされた。
非常に不思議である。

派生ルートが消滅するすること自体は、珍しくないだろう。現に、1989~1994年にはPart1とPart2の2本があった「秋葉大権現」は、現在では1本とされている。

しかし、派生ルートの名前が消える一方、本来のルートの名前が、その派生ルートのラインとして残る、というのは、かなり珍しいのではないか?(ラインとしては本来のルートが消える)。

しかも、この『岩と雪』のトポでは「スカイ・ダイバー」は★★★で、「錦ヶ浦」は★★となっており、ルートとしての評価はスカイダイバーの方が高くなっていたにもかかわらず、である。

謎は尽きず、非常に興味深いが、どんな経緯でそうなったのかは、まったくわからない。
(もし、その経緯についてご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。)

いずれにしても、「錦ヶ浦」のオリジナルのラインよりも、「スカイ・ダイバー」ライン(現在の「錦ヶ浦」ライン)の方が、より攻撃的で、『岩と雪』の解説にあるように「見ても登っても魅力的」であることは間違いない。
よって、私もこのラインを目指すことにする。

なお、「スカイ・ダイバー」の初登は、奥多摩に多くの名ルートを開いている小林敏氏であるが、さすがである。

●おまけ:「北落師門」のグレードはなぜ引き上げられたのか?

その他のルートについても、現在のトポとの、興味深い違いがある。

まず「北落師門」のグレードは、1994年までは「11d~12a」となっており、「ルンルン・ヒロシ君」は、12aだ。登った人ならだれでも感じると思うが、「北落師門」は「ヒロシ君」より、はっきりと1グレードはやさしい。なぜ『100岩場』では、「北落師門」がアップグレードされたのか(そしてヒロシ君やバトルが据え置かれたのか)も、謎である。私の体感では、むしろ「北落師門」を11dに下げた方が(他のルートとのバランスでも)よかったのではないかと思うが。

また、「ミンボー」は、1989年にはまだ存在せず、94年に登場するが、その際は、「ヒロシ君・錦ヶ浦」と共通のスタートであった(17)。ここから直上して上部に至るとなると、現在のラインよりも難しいのではないだろうか?それでいて、グレードは「11d」である。

私がいつもアップで登る「茶摘み唄」は、左から登るダイレクトルートがあり、11cとされている(6)。これは、現在のボルト位置でも登れると思うので、機会があったらトライしてみたい。
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by seeyou44 | 2015-04-24 23:00 | クライミング研究


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