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おなかがすいたら登れない(旧)

ネコは空飛び、犬は登る

いいわけ

そもそもフリークライミングは、道具からフリーな(使わない)クライミングということだから、必要な道具は少ない。
リードクライミングで、シューズ、ハーネス、チョークバッグ(+チョーク)、クイックドロー、ビレイデバイス、ロープ、スリング、クラックをやるならナチュプロ類、程度のもの。ボルダリングなら、シューズとチョーク以外は不要で、人によって、クラッシュパッドが必要なくらいだ。

これらの中でも、使うことによって、積極的に力を与えてくれる道具という意味で、アクティブ(能動的)な道具は、クライミングシューズだけだ。チョークにも、多少その性格はあるが、シューズに比べれば重要度は格段に低い。
そして、そのほかの道具は、安全を確保するために使うだけの、いわばパッシブな役割である。
そのため、積極的に選択が問題になるのは、シューズのみといってよく、あとの道具は最低限の基準さえ満たしていれば、とくにこだわる部分はないし、大きくは変わらない。。
この、(シューズ以外)ほとんど道具にこだわらなくていいといところが、フリークライミングの「美しさ」のひとつだと、私は思っている。

つまり、自分の肉体から生じる力と技術、そして頭脳のみに頼る美しさ、ということだ。

登山や沢登では、とくにテント泊や雪山を登るとなると、フリークライミングとは比べ物にならないくらいの非常に多くの道具=装備品を使うことになる。
厳しい気候条件の中で過ごすのであるから、ウェアも含めた装備の良し悪しが命にかかわることもある。そこまではいかなくても、快適さやパフォーマンスに大いに影響も与える。
だから、道具選びは重要だし、選んだ道具を使ったり、あるいは手入れをしたりするのも、とても楽しい。そのため、ネットでは「山道具趣味」をテーマにしたウェブも広く普及している。また、当然、モノを売りたいメーカーやショップの思惑もあるから、モノにフォーカスしたマスメディアの情報も多い。

道具をあれこれ試したり語ったりするのは、ある程度なら、とても楽しいのだ。、
しかし、モノへのこだわりというのは、それが行き過ぎるとどうしてもあまり美しくない感じがしてならない。
たとえば、装備の「軽量化」という点にしても(これはこれで体力温存につながるので重要ではあるのだが)、お金を無尽蔵に出して最高のものを買えば軽量装備をそろえることは簡単にできる。しかし、それを揃えたところで、美しさは微塵も感じない。
それをどう使って、どう登るのか、というところが大切なのだ。目的は登るということで、登るためにどれだけそれが寄与するのかが、問題でなければならないはずだ。

たとえば、シャネルやグッチなどの、高級ブランドの衣類やバッグを買いそろえたとして、それを身に着けただけでは、美しさは感じないだろう。それを着たり、身につけている人が、どんな振る舞いをするのか、が大切なのだ。なにを目指して、どんなことをしたいから、シャネルやグッチを使うのか。それがなければ、ただのマネキンだ。

軽量化の粋を尽くした道具を身につけている本人が、どうみてもBMI30はあるような肥満体で、ゼエゼエいいながら歩いていたなら、「道具を軽量化する前に、自分を軽量化しろよ」と言いたくなるのは必然であろう。体と道具がマッチしていない。
高価なテントを持っていても、よく整地されたテント場じゃないと設営もできないのでは、自由も美しさもない。つまり楽しさがない。
ブルーシートが1枚あれば、どんなところでも快適な住居を作ることができるよ、という方が、数段自由で美しく、すなわち楽しいスタイルだと、わたしは思う。

その意味でフリークライミングは、道具に頼る面が少ないところがよい。別にクライミングシューズだって、履かなくなっていいのだ。こだわりが無いほうが自由で楽しい。
「これはスラブ用、これはかぶり用、これはクラック用…」などと、いくつも持って使い分けるよりは、「いつでもどこでも1足で登れるよ。シューズなんかに頼らなくても、力と技術があるから」という方が、数段美しいし、かっこいいと感じる。

とはいえ、そこに至るまでには、幾年月の努力が必要であろうか。。。
上記は、自分の目指す理想ではある。しかし、正直言ってヘタレ自分は、理想としては美しさを求めたいと思いつつも、道具に頼ってしまうことも多い。残念ながら。
by seeyou44 | 2013-02-18 23:42 | ギア、ウェア


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