おなかがすいたら登れない(旧)

ネコは空飛び、犬は登る

カテゴリ:よしなしごと( 44 )

ブログ引っ越しのお知らせ

このたびブログを引っ越しました。
新ブログは、以下です。

おなかがすいたら登れない
http://try-climbing.com/

ブログタイトルは引き継いで、こちらは(旧)とします。
当面、過去記事はこちらに残したままにします。

最近は満腹でも登れないことが多いのですが、引き続きよろしくお願いします。
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by seeyou44 | 2016-07-26 12:35 | よしなしごと | Comments(0)

軽く近況報告など

会社勤めをはじめて、早1か月。
会社の近所に区営のトレーニング施設を発見し、平日も少しは体が動かせるようになりました。
しかし、クライミングはぜんぜんやっていません。手の皮膚って、こんなに柔らかかったのかと、驚いています。

新入社員ですから、会社優先は当然ですね。会社がよくなるように、がんばります!

こういう良い会社になりますように
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by seeyou44 | 2016-06-10 11:56 | よしなしごと | Comments(0)

文京区湯島の完璧なトマソン

引っ越しで本、雑誌を大量に処分したが、いくらかは手許に残した。
若いころに愛読した本や、影響を受けた著者の本は、めったに再読することがないとしても、やっぱり処分できない。
いまは、多くの本は電子書籍として文章のデータだけを買うこともできるし、いわゆる“自炊”という手もある。場所をとらないのだから、本を単に「情報」として捉えるのであればその方が合理的だろう。
だが、紙にインクで印刷された“モノ”としての本へのフェティッシュな執着または愛情というのは、どうしても捨てられない。ばかばかしいが、ばかばかしいのが人間だ。(と思ってしまうところが、自分のダメなところでもあるが。)


わずかに手許に残した書籍の中に、一昨年に亡くなった赤瀬川原平氏の著作が何冊かある。影響を受けた、ということだろう。
『東京ミキサー計画』や『超芸術トマソン』を愛読したことと、ロッククライミングを愛好していることとは、自分の中で同根で繋がっている。それに類することは、今までもときどき書いてきたが、ロッククライミングは「美」に対する意識を抜きにしては、成立しない。それはいわゆる美意識と呼ばれるものだけではなく、美に対する反省的/対自的な意識、という意味においてである。
(プラスチックホールドを登るインドアクライミングは、また別だと思う)。


先日、前居の近くをトボトボと歩いていたら、ほとんど完璧なトマソン物件を発見した。これには驚いた。なにしろ前居から徒歩で3、4分のすぐ近所だ。駅などへ行く生活道路からは少し外れているものの、その辻だって何度も歩いている。
それなのに、こんな見事なトマソン物件に、なぜ今まで気が付かなかったのだろう? それが引っ越しの直前になって遭遇だなんて、なんだか出来過ぎている。彼の地を離れるにあたっての、神様からのはなむけだろうか。

▼「純粋門」(文京区湯島。2016年1月採取)。通常の門が持つ内部と外部を隔てる役割を超越した、純粋存在としての門。
(とりあえずその時に持っていた携帯電話(ガラケー)のカメラで撮影したので、画質が悪いが)
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▼裏(内部?)から見ると。鉢植えがいい味を出している。
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by seeyou44 | 2016-02-06 23:37 | よしなしごと | Comments(2)

K子さんのこと

K子さんと初めてお会いしたのは、たしか河又の岩場で、Kスケさんと一緒に来ていた。
彼女は、フリーのグレードをどんどん上げたいというより、トラッドルートやアルパイン系のルート、アイスクライミングなど、さまざまなところで登りたいオールラウンドクライマー志向だったので、そこが自分とは若干異なり、その後フリーのゲレンデで一緒に登ったことは、1回だけだった。
ただ、ジムではよくご一緒させていただいた。錦糸町が多かったが、今年の正月には川口でも登っている。このブログでも「K子さんと錦糸町」という記述がしばしば出てきている。

錦糸町で登った後、帰りの電車が途中まで一緒だったので、話しながら帰った。クライミングのことだけではなく、仕事の悩みなど、いろいろな話をしたことが懐かしい。

9月の初旬にKスケさんから、彼女が剱岳で遭難をしたという報せがあった。ネットで検索すると、ニュースにもなっていた。捜索により、彼女と一緒に行ったパートナーは、遺体で見つかったが、彼女は発見されない。もしかしたら、どこかで生きていて、捜索を待っているのかもしれないとも思ったが、1週間経ち、2週間経ち、状況は絶望的になった。
聞くところによると、雪渓の下に流されると、遺体が永久に発見されないことも多いという。
それではかわいそうだ。ご家族もやりきれないだろう。

Kスケさんが、2回現地に行き、その2回めで遺体が発見された。泊まっていた真砂沢ロッジのすぐ近くの雪渓下の沢にいたという。発見されて本当によかった。Kスケさんはじめ、関係者のご尽力には頭が下がります。

そのような状況なので、こちらでの通夜や葬儀といったことも行われなかったが、先日、お別れの会があり、参加させていただいた。
たくさんの山関係、クライミング関係の仲間が参席し、それ以外にも、お仕事関係や、学校関係のお友だちもたくさんいらしており、変な言い方だが、にぎやかに盛り上がり、良い会だった。

K子さんのことをここに書こうかどうか、ずっと迷っていたのだが、お別れ会が終わったことで、自分の中で一区切りがつき、書くことができた。

K子さんの魂が安らかなることを、お祈り申し上げます。
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by seeyou44 | 2015-11-30 13:30 | よしなしごと | Comments(2)

また近所の銭湯がなくなってしまった。

今住んでいる巣には風呂がない。

以前、地下鉄の春日駅の近く、白山通り沿いに銭湯があった。巣から一番近いので、よく利用していた。
マンションの1階が銭湯、2階がサウナやマッサージ施設となっており、小さいながら比較的新しくて綺麗な店で、湯もぬるめで好みだった。深夜1時まで営業しているのも便利で、江戸川橋のTWで登った後に立ち寄ることも多かった。たまに、江戸川橋クライマーを見かけることもあった。
ところが、この銭湯が、ちょうど1年くらい前に廃業・閉店になってしまった。

その近く、もう少し白山の方に北上した東側、菊坂という坂の裏手に、もう1軒、菊水湯という銭湯があった。
この菊水湯は、昔ながらの合掌造りの建物で、狭い路地に古いくすんだ家屋が並び、いまだに手押しポンプの設えられた井戸まで使われている菊坂界隈の風景と、実にマッチしている。
古いものが好きな自分は、この銭湯の佇まいは好きだった。

銭湯は、水をたくさん使うので、川沿いに建てられることが多いという。
『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(本田創、洋泉社)によると、この菊水湯のある菊坂下道(菊坂は途中から2本の道が並行して通り、上道、下道と呼ばれる)沿いにも、かつては、東大本郷キャンパス構内の池(三四郎池とは別の池)を水源とする川が流れていたらしい。現在は、銭湯の裏手から西片の交差点の方に向けて、暗渠が、車も通れない細い道となっており、かつての川の面影をしのばせる。銭湯散策と同じように、暗渠散歩も楽しいものだが、それはまた別の話。

菊水湯は、建物の外見も、そして内装も、古くからほとんどそのまま残っているような具合で、味わいはあるのだけど、メインの広い浴槽の湯がかなり熱かった。サブでぬる湯もあるのだが、とても狭くて3人入ればいっぱいだ。ぬるい湯にゆっくり浸かるのが好きな自分は、これは閉口する。だから、春日の銭湯があったうちは、そちらを主に利用していた。

湯が熱いのは、東京に古くからある銭湯に共通する特徴だ。
うちの近所でいうと、根津の六龍鉱泉(温泉だが)や、御徒町の燕湯(国の有形文化財)などは、44~45度にもなる高温で有名だ。そこまでではなくても、43度くらいの湯温の店は普通にある。
江戸川橋TWから近いところでは、江戸川橋の「竹の湯」や、神楽坂の「第三玉の湯」も、熱い。たぶん43度はあるだろう。ただ、第三玉の湯はぬる湯に加えて水風呂があるので、まだ良い。

(話はそれるが、もう20年も前、若いころ神楽坂に住んでいて、今と同じく貧乏だから当然風呂無しのアパートで、この第三玉の湯に通っていた。驚くのは、番台に座るご主人や奥さんの姿が、そのころとほとんど変わらないこと。いったい、どういうことなのだろう?不思議だ。)

春日の銭湯が廃業した後、そこに通っていた人たちは近くの菊水湯に移籍(?)して通うはずだから、こっちはウハウハだろう、と思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。実際、菊水湯も(自分が行く時間が遅いこともあるが)、いつも空いていた。思えば、春日の銭湯だってそう混んでいるときはなかったから(客が自分だけ、というときもたまにあった)、その少数の客が移動してきたところで、たかがしれているのだろう。

そうして、非常に残念なことに、この菊水湯も9月末で廃業してしてしまった。

▼ある日突然貼りだされた廃業のお知らせ。「店主の病気」が悲しい。
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自分のように風呂のない家屋に住んでいる者は、このあたりでは少ないのかもしれない。銭湯に来ている客も、家に風呂はあるけど、たまには広い湯船に入りたいという人が多いのだろう。
しかし少数であっても、風呂なしの家に住む人にとって、銭湯は生活に必要不可欠なインフラである。また、そうではない人でも、高齢者などにとっては、地域の人たちと交流する文化的なインフラともなっているはずだ。実際、脱衣場で常連の人たちがおしゃべりに花を咲かせているのは、よく見かけた。
需要がないものは廃れるというのが、経済の原則ではあるが、生活インフラ、文化インフラであれば、そのような経済原則に乗せること自体がなじまない。区が補助をする、あるいは第三セクターなどの形で、残しておくことはできないものだろうか?

秋葉原にある銭湯「神田江戸遊」は、スーパー銭湯に近い現代的な銭湯だが(値段は普通の銭湯料金)、ここは千代田区との第三セクターのような形で運営しているらしい。24時間営業(銭湯は23時まで)であり、客も、近所の住民というより、秋葉原に買い物や遊びに来た地方在住者が多いようだ。深夜料金はかかるが、畳の大広間で朝まで寝ていることもできる。

これは秋葉原という集客力のある街だからできることなのかもしれないが、生活インフラであり、地域の人たちが交流する文化インフラともなりうる銭湯を、ぜひ行政が主導して残していってほしい。
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by seeyou44 | 2015-10-01 15:48 | よしなしごと | Comments(0)

おしゃべりなカラス/断酒から10か月

10か月前、大腸にポリープが見つかり手術をした。
手術前後、2週間ほど禁酒を命じられたのだが、それを機に、断酒をしようと決めた。

それから10か月が過ぎたが、一滴の酒も飲んでいない。もう、飲みたくなることもあまりない。
それまで、ほとんど毎日飲んでいたものを、よく簡単にやめられたと思う。薄情なのであろう。


自分のように自営業で、だれにも管理されず、しかも家族のない一人暮らしだと、飲もうと思えばいつでも飲める。平日の、夕方の明るいうちはもちろん、朝から酒を飲んだって、叱ってくれる人はだれもいない。
(叱ってくれる人がいるというのは、なんと有難いことか!)

ただ、実際には、特別なイベントのときなどを別とすれば、平日はもちろん、休日でも明るいうちや朝から飲むことはなかった。
これはクライミングや筋トレを趣味にしていたのが幸いしている。飲んでしまったら、もうその日はクライミングも筋トレもできない。それがもったいなくて、飲めなかった。飲んでるヒマがあったら、ジムに登りに行きたい。

しかし、クライミングや筋トレを終えた後、もうやるべきことがなくなったら、朝まで飲むことは、しょっちゅうだった。
だいたい夜の10時か11時くらい(クライミングジムや体育館から帰ってきてから)飲み始めて、朝の4時とか5時、調子がよければ6時7時まで、ひとりで飲んでいる。
お金が無いから外では飲まない。Youtubeで懐メロを聞いたり、歌ったりしながら飲んでいた。
ひとりで、ただ酩酊を味わっているだけの、完全に無為で、だからこそ最高に贅沢な時間の蕩尽だ。

だがこうなると、次の日はまったく使い物にならない。一日中ぼーっとして濁った頭が、夕方にようやく少し動きはじめる。そういう腐った日が、だんだん増えてきていた。

こういう場合、飲酒というのは結果であって、原因は別にあったりするのだが、やがては酒がだれにでももたらす結果が訪れることは明白で、やはりそれは怖い。若い時に、アル中から肝硬変になって死んだ知人(というほど親しくなかったが)を、間近で見ていたせいもあるかもしれない。
それで、断酒をした。

もちろん、完全に断酒をしなくても、適度に飲むことができればそれでもいいのだけど、自分の場合、経験上それは無理だと思う。そんなコントロールができるくらいなら、もともと、週に2回も朝まで飲んだりしない。


そう遠くない将来、歳をとって、わずかな年金をもらえるようになったら、今度こそ好きなだけ酒を飲もう。

風呂なし、トイレ共同の四畳半アパートに住み、朝から酒を飲み、少しの飯を食って散歩をして、夕方になったら、区から支給される入浴券を持って銭湯に行こう。

何も生産せず、ほとんど消費せず、犬のように暮らし、そうして、ある朝ぽっつり死んで、数日後か、数週間後か(季節による)、異臭で近所にお知らせしよう。

できれば死骸は、奥多摩あたりの低山の、人が入らない谷にでも打ち捨ててもらい、野生動物の餌になりたいが、それは難しいだろうから、燃えるゴミとして処分していただきたい。

それくらいの税金は、支払ってきたはずだ。
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by seeyou44 | 2015-06-06 00:47 | よしなしごと | Comments(0)

だから、どこなんだ!

西原理恵子のなにかの作品(「恨みしゅらん」だったかな?)に使われていたギャグのネタで、「だから、どこなんだ!」というものがあって、ぼくはこれが大好きだ。

店の名前で、「ホテル西洋銀座 京都吉兆」とか、「パリス吉祥寺 新大久保店」などとあるのを見て、西原理恵子が「だから、どこなんだ!」って叫ぶというもの。

ぼくも、先日下北沢でこの看板を見た時、思わずつぶやいてしまいました。

「どこなんだよ……」

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by seeyou44 | 2015-02-04 01:36 | よしなしごと | Comments(0)

ブログタイトル変更2

飽きたので、ブログタイトル変更。

親に勝手につけられて50年近くたつところの自分の氏名なども、「飽きたので変更」と思うのだけど、これは法律上人道上、簡単には変えることかなわず、人間とは難儀なものである。
ブログのタイトルくらいは気軽に変えてよい。

朝、友部正人の「おしゃべりなカラス」を聴きながらコーヒーを飲んでいたらふと、これを借用して「おしゃべりなカラス」というブログタイトルにするのはいいな、と思いついた。
でも、よく考えるとブログの更新は週に1、2回程度だし、ほとんどメモというか、記録的なものだけだし、そんなに「おしゃべり」でもない。
ウソも、たまにしか書かない。

それでやめた。
(いつかもっとおしゃべりになったときは、そうするかもしれない)

思えば、犬猫は時間を持たず、時間を持たぬがゆえに喜びも悲しみも持たず、喜びも悲しみも持たないがゆえに幸も不幸も持たない。
彼らがそれらを持っているように見えるのは、あらかじめそれらをもってしまうことを運命づけられた人間の勝手なお思い込みに過ぎないのだが、彼らがそれを持たぬがゆえにクールであると思うのも、また人間の勝手な思い込みである。
けだし、世界をありのままに受け入れることは限りなく難しい。

禅の公案に「狗子仏性(犬に仏性ありや)」、というものがある。この公案は、そういうことを言ってるものであろうと勝手に思っているが、まったく見当はずれかもしれない。それでもいい。
そうして何かを考えるきっかけになることばというのが、つまり、自分にとっては強いことばということで、強いことばを集めるのが好きなのだ。
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by seeyou44 | 2014-10-04 12:30 | よしなしごと | Comments(0)

術後10日経過。強制レスト期間は終了

ポリープ切除手術から10日たった。
病院の指示通りに、酒は飲まず、運動せず、刺激物や生野菜を避けるなど食事もほぼ制限どおりにしていた。
予後はよく、とくに問題はない。便通も快調だ。
あとは来週、検体の結果を聞きにいくだけ。

しかし、こうして酒を断ってみると、自分がほとんどアルコール依存症に近いことがよくわかる。
酒が飲みめないことがとても寂しくて仕方ない。我慢はできるのだけど、「我慢している」という苦しさが、けっこう強い。

ちなみに、クライミングや運動ができないことについては、やりたいなーとは思うが、とくに「できなくて辛い」という感じはない。クライミングアディクションだと思っていたが、そうでもないみたい。

自分は、普段は月に25日くらい、つまりほぼ毎日酒を飲んでいるが、年に1、2回、2週間くらい断つときがあった。飲み過ぎて、体調がちょっと悪くなったり、体重が増えたりしたあとに、少し節制する時期だ。
しかし、その過去の断酒期間に、こんなに寂しい気持ちになった記憶はない。割と、飲まなくても平気だった。だんだんと、アルコールへの精神的、身体的な依存が強くなっているのだろう。精神的に、逃避的な傾向が強まっているのかもしれない。
少しその兆候を感じる部分も、あった。

そう思うとなんだかちょっと怖いという気もするし、自分で自分をコントロールできないということが、やや不愉快でもある。
以前、1日1箱くらい吸っていたタバコをやめた時も、やっぱりそういう不愉快さがあった。それで、禁煙したのだ。

いま、アルコール依存症についての本を読んでいるが、アルコール依存症には、節酒という考え方は通用せず、断酒、つまり死ぬまで一滴も飲まないということしかないという。そうなのだろうな。
そう言われると、これを機に一気に断酒するのも、考えてみてもいいかなという気もする。しかし、適度な飲酒は、ストレス解消になるというのも、また経験的な事実だ。

結局、逃避→嗜癖の対象がたまたまアルコールになるというだけで、根本的な部分が解決するわけではないから、なにか別の物事へと嗜癖の対象を移すしかない、ということなのだろう。アルコールよりましなものは、ある気がするが。

しかし、「依存症を治すには家族の支えが必要」みたいなことが書いてあると、なかなか辛いものがある。
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by seeyou44 | 2014-08-08 23:59 | よしなしごと | Comments(0)

大腸ポリープ切除、強制レスト決定

というわけで、内視鏡検査に行ってきた。
病院は、文京区小石川にある、春日クリニック。

結果から言うと、2個のポリープが見つかって、1個は小さいので放置。もう1つは切除となった。
これで、10日間(近く)、筋肉と肝臓を強制レストさせることになる。まあ、たまにはいいだろう。
ポリープが見つかったことも、悪化してガンなどになる前に(現在組織検査中なので、良性であると決まったわけではないが)、見つかったという意味では幸運であったと言える。

●事前準備
その検査であるが、本当は2日前から食事制限があるのだが、自分は2日前までは普通に飲み食いし、夜には少しだが酒も飲んだ。
1日前は、消化のよい食事ということでいろいろ制限がある。自分は卵を入れたうどんを2回食べ、間食にプリンやカステラ、バナナを食べた。
まあ、食べ物が制限されるのはかまわないが、コーヒーが禁止になっているのがつらい。代わりに紅茶を飲んでいたが、なぜコーヒーがダメなのだろう?
夕食は7時まで。そのあとはスポーツドリンクのみ。もちろん酒はNG。やたらとスポドリを飲んでしまった。
腹が減ってるいるせいか、いつもよく早く眠くなる。下剤を飲んで寝る。
翌日は朝7時に目が覚めてしまった。しかし、昨日下剤を飲んだのにちっとも便意がわかない。いつも、朝飯(といってもバナナとかだけど)を食うと、便意を催すのだが、食べ物を胃に入れないと便意もわきにくい。しばらくして、ようやくちょこっとだけ出た。
9時半くらいから、液体の下剤、マグロコール1.8Lを投入。簡単に言うと、粉末ポカリみたいなものが、プラティパスのような容器に入っており、それを1.8Lの水に溶いて飲む。冷やすと飲みやすいと書いてあったので、前日寝る前に作って、冷蔵庫に入れておいた。

味は、ほとんどスポドリ。まずくはないので飲むこと自体は全然苦痛じゃない。200mlくらいずつにわけて少しずつ飲む。30分ほどで便意を催して、あとは何度もトイレに。記録紙を渡されたので記録しておいたが、計8回トイレに行った。最後は小便のような薄い黄色の液体が出るだけになり、こうなれば準備完成。
下剤を飲んだあとも(腹が減ってるので)、スポドリを飲み続けた。

●当日
病院まで徒歩20分くらいかな。歩いて行ったが暑かった。病院について、水飲み場がないか聞いたら、うがい室を教えてくれたが、コップがない。職員用のうがい室じゃないの?たまたま掃除係りの人がいたので、紙コップがないか聞いたら、どこか別の部屋から持ってきてくれた。

名前が呼ばれて、着替えてから、準備スペースのようなところで鎮静剤の点滴を打たれるのだが、ここで看護士が点滴注射をいきなり失敗。若い子だし、なんとなく慣れてない感じなので新人なのだろうか? 「選手交代しますね」と言って、おばさん看護士に代わる。
ところがこのおばさんの態度がなんかすごく悪い。「ちっ、めんどくせーなー」みたいな態度がありありと出ている。しかも、このおばさんも、注射失敗。おいおい、だいじょうぶか?
右手に2回刺されて失敗で、今度は左手。ようやく刺さった、と思ったら、また「あら、漏れてるかしら?」と、いい加減にしてくれー、と言いたくなる。「ずれやすいわね」と、まるで、こちらが悪いかのように言われるのも感じが悪い。
「痛くありませんか」と聞かれる。これはたぶん、液がもれた痛みはありませんか、と意味だと思うのだが、そういわれても注射自体で痛いのだから、痛いと言えば痛いし、答えようがない。
しかし、今度は大丈夫だったようで、ようやく落ち着く。が、点滴が落ちるスピードが遅いぞ?これ、大丈夫か?

名前が呼ばれて、検査室に入ると、医師はこちらを見ようともせず書類を書いている。感じ悪いなあ。普通、挨拶くらいするだろ?
点滴のチューブにもう1本の薬の袋が繋がれたが、なにやら血液が逆流しないのでどうのこうの、と言ってる。よくわからないが、あれこれやっていて、うまく行ったらしい。

いよいよ挿入で、横向きに寝て、肛門にぐいぐいとチューブが挿入されていくのだけど「痛い!」。腸の曲がるところでぐいぐい押されて、非常に痛い。ちょうど下痢の時みたいな激しい腹痛ですね。「いててて」と声が出る。2回くらいそういう激しい痛みがあった。

そもそも鎮静剤だか鎮痛剤だかを点滴したはずだが、まったく効いている感じがしない。経験談を読むと「寝ているうちに終わってしまった」などと書かれていることがあり、また検査の書類にも「寝てしまったら施術後に声を掛けて起こす」みたいなことが書かれていたが、とても信じられない。
痛いことと、あとは、モニターに映る自分の体内の様子が興味深くて、意識はギンギンに冴えている。

ようやく最奥まで内視鏡が届き、そこからカメラを引き抜き、適宜静止画を撮影しながらチェックをしていく。抜くときは痛みはない。
ベッドの横にはモニターがあり内視鏡が写す腸内の様子が見える。基本的には綺麗なピンク色でつやつやしていて、いかにもイキのいいモツ、という感じだ。焼きトンにして食ったら旨そうだなあ、そういえばしばらく焼きトン食ってないなあなどと思ってると、素人目にもわかる、小さなニキビのような隆起があった。お、これがポリープかな?と思うが、そこは撮影だけしてスルー。
後から知ったがこれもポリープなのだが、小さいので今は処置の必要なし、ということ。

さらに抜いていくと、今度はもうちょっと大きな隆起があった。
「ポリープができていますね。切りますよ」と言われて、否応もなく切断。
まず、内視鏡の先の針を、ポリープの根元に刺し、注射をして水を注入。膨らませる。次に、内視鏡の先から輪っかのようなものが出てきて、これで根元を縛る。そして、よくわからないが、高周波で焼き切る感じだった。ぷちん、という感じで切れた。切る時も、痛みはまったくない。
素人目には大きい感じに見えたが、どれくらいだったのかは、わからない。

それから、今度は内視鏡の先から、クリップのようなものを発射して(まさに発射、という感じで、射出時にはビシッと小気味良い音がする)、切除後を挟んで止血する。見ていると、そんなので大丈夫か?と思うほど適当な感じの止め方だ。2つ止めて、念のためにもう1つ、という感じで3つ目をつけたら、血が出てきた。orz。さらにもう1発発射で4発のクリップをつけておしまい。

あとは、下まで綺麗だった。

●検査終了

あとは、医師からの簡単な説明があっておしまい。
終わった直後から、非常にお腹が痛い。胃の下部というか腸の上部というかそのあたりが痛くて苦しい。
検査は終わったが、まだ点滴液が残っている。それが終わるまで着替室のソファに座って休むが、お腹の痛みが激しくなってくる。
点滴が終わったので、看護士を呼んで外してもらい、ついでにトイレに。排ガス(おならですな)をしたら、少し楽になったが、すこしだけ。もとの部屋に戻ると、おならは出ましたかと聞かれたので、出たという。もう少し休んでいくかと聞かれたが、早く帰りたかったので、帰った。
検査後の食事や生活については、以前にもらっていた紙に書かれていることと同じことを、例の態度の悪い看護士が30秒くらい説明しただけ。
会計は2万円弱だった。

帰りになって、ようやく鎮痛剤が利いてきたのか、体がやたらとだるい。そしてお腹が痛い。どちらかというと、胃痛という痛い感じ。途中、我慢できずにコンビニに寄り、水を買って飲み、トイレに入る。ちょっと排ガスしただけ。

会社に戻って、椅子でしばらく寝る。起きてもまだお腹は痛くて、プリンとカステラを食べたけど、収まらない。薬の作用か、副作用か、気分が悪くてずっとぐったり。その日は夜は10時ごろに寝たが。翌日(これを書いている時点)は、一日中だるくて、まともに活動できなかった。

これから10日(くらい)のアルコール制限と運動制限だ。
いい機会だから、たまには真面目に仕事をしよう。コーヒーを飲めないのが辛いが。。。


●感想
・ポリープが見つかってよかった。検査自体はして良かったと思う。

・ただ、春日クリニックの対応があちこちで杜撰。最悪なのは看護士。また、たまたま運が悪かっただけかもしれないが、痛かったのが残念。医師の腕が悪い可能性がある。それに、検査後に腹痛が続いたことも。。。今度同じ検査をやるときは、この病院には行かないだろう。

・事前の食事制限や下剤の服用はそんなにはつらくない。下剤は飲みやすかった。

・簡単とは言え、手術だし、やっぱり体へのダメージはある感じがする。本当は、少なくとも翌日は、1日仕事も休んで安静にしている方がいいと思う。

・内視鏡のすごさに驚いた。動画、写真撮影は当然として、水を吹き出す、針を出す、水を注入、高周波メスで患部切除、クリップを発射して止血、、、医師が意のままに操作してこれらが全部できる。超ハイテク。
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by seeyou44 | 2014-07-31 23:59 | よしなしごと | Comments(0)